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あめが上がったその隙間に、
事務所びらきをすることができました。

出勤前に来てくださった方や、ご近所さん、地域でお世話になっている方が集まってくださり、改めて身の引き締まる時間でした。

お祝いにお花もたくさんいただき、
後援会会長には詩吟「宝船」を歌っていただきました。
お祝いだからと和装姿で披露してくださり、その前後は洋服でこまめに動いてらして、本当に尊敬します。

途中雨も降りましたが、目の前の自治会館をお借りして、チラシ折りもしていただきながら、地域の困りごとのお話を伺うことができました。

「危ない道路は、生活している人にしかわからない。」
「市民が訴えても動いてもらえないことが、議員の一言ですぐに動くのは、ありがたいけどおかしいよね」など。

そんな忌憚ないご意見に対して、市政の内側から何とかしたい、そんな思いを、マイクでお話しさせていただきました。
また、若い人たちの政治への無関心や無理解も、とても気になります。
子供の頃から意見を出して、自分とは違う意見があるということを体得しておかないと、ただ大きな声に流されてしまう怖さがあります。

暮らしと政治が繋がっていることを、大人がしっかり教えて行かないといけない。
そんなことも、今日は訴えました。

朝から夜まで50人くらいの方が来てくださり、新たに思いを同じく繋がっていただけたことに感謝です。
ありがとうございました。

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# by akiyo-tanaka2018 | 2019-03-08 01:28 | 報告 | Comments(0)
2019年3月7日木曜日

田中あきよ後援会 くらしと政治をつなぐ会
事務所びらきをさせていただきます。
ご支援いただいている皆様のお陰様で、やっとここまできました。

西宮市議会議員になってこの生きづらい生活を何とかしようと思ったのは、昨年の七月。
そこから生活は一変し、選挙の勉強と、ライフワークの居場所づくり。
もちろん、家事や子育て、老母の介護補助などはそれまでと変わりません。
ブライダル司会の仕事は一段落させていただので、そこに時間を取られることはありませんでしたが、やはり想像以上に忙しくなりました。

忙しくても、こうして前に進めることが出来たのは、本当に周りの皆さんががっつりとサポートしてくださったからこそです。

明日から、平日は11時から16時くらいまで事務所を開けています。
チラシ折りやハガキ書きのボランティアをお願いしたり、いろんなお話が出来ればうれしいです。

生きづらさゼロの西宮に!!

さらに多くの方との出会いがありますように。



# by akiyo-tanaka2018 | 2019-03-06 21:17 | イベント案内 | Comments(0)

決意表明

2018年12月15日
田中あきよ後援会 発足ミーティング開催

皆さんの前で述べた決意表明
私の原点になります

生まれた時
■両親からよく聞かされていた話です。私が生まれるときに、霊感の強い親戚のおじさんから「今度の子は、家の役に立つ子が生まれる」と言われていたそうです。姉が二人いて私は3人目の子どもだったため、それを聞いた父は「今度こそ男の子ができた」と大層喜んだと聞いています。ところが、生まれてきたのは女の子で、そのおじさんは病院にお見舞いに来たときに、後ろ向きに入ってきたという、そんな逸話付きの私の出生エピソードです。。

中学生の時

■父は男の子が欲しかったこともあり、その影響か私は幼い頃からショートカットでいわゆるボーイッシュな女の子でした。勉強よりも運動が大好きで、小学生の頃からバレーボールを始め中学でも続けてキャプテンでしたが、顧問の先生から試合に勝っても負けても褒められずに殴られることが腑に落ちず、退部しました。やめる時「先生のどこが嫌いや」と聞かれ、「全部です」と言ってやめたことは今でもよく覚えています。その後、別の先生から「おまえだけやぞ、あの熊みたいな先生を泣かしたんは」と言われたこともよく覚えています。

その頃から、納得できないことはだまっていられない性格だったように思います。

高校生の時

■また高校生の時は、草引きの作業があり、何もせず立ったまま上から指示を出す先生に向かって「先生も一緒に作業をされたらは早く終わると思います」と言ったらしく、その後呼び出されてお説教をされた、という話を、先日、同級生から聞かされました。実は覚えてなかったのですが、仲良しの友人三人も一緒に呼び出され「ほんまに迷惑やったわ」と35年たって文句を言われたという笑い話でした。その他にも、腑に落ちないと思ったことに関しては、黙っていられないと言う性格はどうやら子どもの頃から培われたものなのかなと最近気づきました。

そんな青春時代に培われた負けん気は、社会人になりおとなの世界ではそっと蓋をしていたように思うのです。

が、夫曰く「いや十分気は強い。今さら何言うてんの」と言われた時は、真剣にびっくりしました。

娘の不登校

■そのしばらく蓋をしていた「黙っていられない」性格が、しっかりと表に出てきたきっかけは、娘二人が学校に行けない不登校と言われる経験をしたのがきっかけでした。三人娘がおり今年大学を卒業して社会人になった長女が中学3年生の時に、突然学校に行けなくなり、体調を崩し心を病んで苦しんだことが私の人生の中でも大きな転機となりました。実は18才の次女は幼い頃から人とのコミュニケーションが苦手で、小学6年生から通常のクラスから特別支援教室に変わり、少人数の中での学校生活にはなったのですが、やはり学校が苦手で中学校から、昨年卒業した芦屋特別支援学校までほぼ学校には行けずに卒業しました。

その頃、次女に関しては本人は大変しんどい思いをしていたのですが、私としては、学校が苦手だから仕方がないなとどこか思っていたのですが、いわゆる優等生タイプの長女が学校に行けなくなるのは一体何があったのだろうと、いま学校で何が起こっているんだろうと思いました。そして長女の不登校は親子で地獄のような日々を送りました。20時間寝て30時間起きているという睡眠障害や、みんなが悪口を言っているという脅迫概念。頭痛、腹痛、手足はいつも氷のように冷たく、精神的につらくなると人はこんなにも身体が支配されてしまうという、そんな経験をしました。


拒食症の同級生の死

■その後何とか前向きになった頃、長女の同級生で「拒食症」という、心の病気で食事がとれないという女の子がうちにあそびに来るようになりました。その子はやりたいことがあり、入院はいやだと言って高校にも通い、就職もしました。うちの長女は元気になった後、大学へ行きあまり連絡をしなくなった矢先に、その子が亡くなったという連絡がありました。拒食症は心の病気ですが、命の危険がある病気です。本当にショックでした。学校に行けずに行きづらさをかかえた子どもたちのために、安心して居られる居場所が欲しいなと思っていたのに、何もできないままその子は天国へと行ってしまいました。グズグズしている場合じゃないと、不登校の子どもと親の居場所トコトコくらぶを立ち上げました。今から4年前のことです。

樋ノ口地区社協の会長さんから「この会館の開いてる日にすぐにやったら良いよ。最初は誰も来なくても続けることが大事やから」と言っていただき、すぐにスタートし今では部屋がいっぱいになるほど、沢山の親御さんが来られています。そしてその活動から、いろんな方との出会いがあり、学校に行けない小学生、中学生、高校生、大学生、専門学校生の親御さんや社会人、そして学校の先生。子育て中のお母さん。会社に行きづらいお父さん。様々な生きづらさをかかえた人たちの話を行くことができました。

また何かしらの障がいがあると言われている人たちとの出会いもありました。


子どもの自殺

91日問題はご存知ですか?学校に行きづらい子が、夏休み明けに登校せずに自殺してしまうという悲しすぎる問題です。大人からしたら、自殺するくらいなら何でも頑張れるやろと思われるかもしれませんが、子どもたちにとって学校はすべてであり、登校できないことやいじめられていることは、人生すべてアウトに感じてしまいます。

日本の若者の死因第一位は自殺。15才から344557人というデータもあります。(2014年)

91日に命を落とすのは中学生が多いというデータを見ました。そして自殺を選ぶ子はすでに行けていない子ではなく、学校に行っている子が多いのです。なんとかいけている子が、もう無理となって死んでしまう。その現状を知ると、一体いま、教育現場はどうなっているのかと皆さんも思われませんか?

決して先生が悪いとか、手を抜いていると言ったことではなく、逆にいろんなルールができて仕事が増えて先生方は忙しすぎて手が回らない状態なんです。


学校の現状

■そして日本では小学校や中学校に行けなくなると、他に選択肢が無い。引っ越しでもしなければ転校もできない。適応指導教室「あすなろ学級」は西北の子ども未来センターに一校しか無い。山口や西宮浜から通えない。ないないづくしの西宮で安心して学校に通わせられますか?何かしら障害があると言われた子が、ほんの少しの手助けがあればみんなと一緒に過ごせるのに、そのちょっとした支援が難しくて、特別支援教室で過ごすか、通常の教室で不便なおもいをしながら過ごすかを迫られる。

なぜ、支援する教室と、支援しない教室をつくってしまうのか。なぜそこに子どもたちをはめ込もうとするのか。

そこを分けてスタートする今の教育が、どうやってインクルーシブ教育を目指すのかさっぱりわかりません。

インクルーシブ教育のインクルーシブは排除しないという意味から、障害のあるなしや国籍に関わらず必要な教育支援を受けて通常学校で学ぶことです。

医療的ケアが必要とされる子どもたちが通う養護学校ですら、入学時に送迎や通学バスの付き添いを条件にされることがあります。外出の時に付き添いをしてもらえるガイドヘルパーという制度があるのですが、これは登下校の送迎には使えず、親が体調を崩すと学校を休まなければならないという問題があります。親が頑張らないと行けない状況は、福祉の観点からかなり遅れています。福祉について早くから取り組んだ西宮市が、今や他市から遅れをとっている状態です。


子どもの権利条約

■子どもの権利条約28条に「みんな同じように教育を受ける権利をもっています」とうたっています。子どもの権利条約というのは1989年に国連でできた条約です。日本もこの条約に賛同し守ると宣言しています。

それなら、同じ環境が平等では無く、ひとりひとりがその子に必要な教育が受けられる状態になることが平等なんだと思います。

生きづらさをどうするか

■大人になってから生きづらさがあって生活に支障がある人のお話を聞いても、やはり小学校中学校時代は通うのがとてもしんどかったと仰います。子どもの頃に植えつけられた自己評価の低さはなかなか思うようには上がってはきません。

教育現場が今のまま大きな変化が無いとしたら、間違いなくしんどい子どもが増え、行く行くは働くこともできない若者の増加に繋がります。間違いなく少子化となる日本で、働けない人が増えればどういうことになるのか明白です。働ける人が減ると、市の財政は厳しくなり、さらに生活苦がひろがり悪循環となります。

周りに気になる方はおられませんか?そういう方の支援は何が必要なのでしょうか。

そして学校時代に生きづらさを感じたときに、早期発見早期対応することでかなりの問題解決に繋がることもわかってきています。その為には、学校以外の居場所の確保と、学校に関わる人を増やす。そして何より、学校のあり方を見直すときが来ています。子どもや先生がつらくなる学校では「文教住宅都市」と胸を張って言えません。一日も早く西宮はやっぱり子育てしやすい町、生きて行きやすい街と言われるよう、見直しをしていくときが来ています。


仲間とともに声を上げる

■そこを何とかしたいという思いから、トコトコくらぶの他にも地域活動をしてきましたが、そこで気づいたのは、しんどくなってからの支援ももちろん必要ですが、しんどくならないためにしなければならないことも沢山あると思うのです。

これまで市民として動き、現役の市議さんと勉強してみたりもしましたが、やはり一般市民では得られない情報や、どうしようも無いことがありました。

そして、この生きづらさのある現状を同じ温度差で訴えられるのは、わたししかできないことだと思いました。

ありがたいことに私の近くには、日頃からいろんな思いを共有してくださっている方がたくさんおられます。

お一人お一人のご紹介をさせていただきたいところですが、そうするとたぶん日にちが変わるような気がしますので、ここではご紹介を控えさせていただきますが、これまでの活動とこれからの挑戦を見守ってくださる皆さまの思いもしっかりと握りしめて進みたいと思います。


繋がってください

■本日お越しいただけました皆さまのこのお時間が、無駄やったと思われないよう頑張ります。

そして、ほんまやな、何とかせなあかんなと思っていただけたなら、この後、後援会の会員になっていただいて、ぜひ田中あきよと繋がってください。

そして、自分の思いを伝えていくために、無所属でどこの政党にも所属いたしません。

繋がっていただきました皆さまと一緒に、西宮市に何が必要なのか、そして何が必要ないのか、しっかりと考えていきます。


以上


田中あきよ



# by akiyo-tanaka2018 | 2019-02-19 00:05 | 報告 | Comments(0)

市民派議員って、何?

先日、お仲間のお一人から
「市民派議員ってなんですか?と聞かれた時の、端的な回答を教えてください」
との質問がありました151.png

「田中あきよ応援団」のグループラインでの質問だったので、その時のやり取りが、他の方とも共有できてとても意義のある内容になりました177.png

Kさん「政党や組織に所属せず、強者と弱者が争った時に、個人と弱者の視点で判断する議員。政党の政治で優先される多数派の意見から、少数の意見がこぼれ落ちて聞いてもらえないという思いがある。市議がみんな政党に属する人ばかりだと、生きづらさを抱えた人の意見は反映されないことになる。それは不安。だから無所属の議員も必要」

私「その通りです。政党に入ってしまうと、自分と違う意見でも合わさないといけなくなる。今、生きづらさを抱えた人は、多数派に気を使って声を上げられない人もある。その声を上げるために、私は市議になる決意をしました。どこまで届くかわからないけど、黙ってはいられない。それが市民派議員だと思っています」

Kさん「政党に属していないので、応援する市民が一緒に考えたり、活動して、住みやすい地域に変えようという思いを共有していくことが大事ですね。」

Yさん「弱者と強者という単語は、人によって捉え方があれこれ出てきそうです。何に対して弱者なのか。田中さんと後援会の皆さんが共通の意味を持つ必要があると思います。弱者とは、自分一人では声を上げられない人なのではないでしょうか

Kさん「確かにその方がしっくりきますね」

Tさん「なるほど。漠然とした文言より誰にでもわかりやすい言葉選び、難しいですが大切ですね

私「私の中で弱者=生きづらさがあるのに声を上げられない人、というイメージでした。
ですが、、、では、生きづらさや困りごとがあるけど、すでに声を上げて活動している人は、強者になるかと言うと、そうとは言えません。声が届かず、しんどい人もいる。
と、なると、弱者=生きづらさがあるのに、声を上げられない人や声が届かない人
家の中で「しんどい」とつぶやいてる人も、社会に向かって「何とかして!!」と叫んでいる人も、みんな生きづらさがある。その声を届けるために市民派議員が必要なのだと思います
ただし、私の中での優先順位は声を上げられない人です」

Kさん「権力を持っていたり、財力があったり、数が多かったり。そうした、個人から見たら大きな壁と思われる人たち、倫理、構造にむかって、いち個人の生きづらさから声を上げようとする人と共に立ち、今声を上げられない人が社会につながるきっかけになる人
=市民派議員」

Yさん「こういうことを考えながら進むのが、市民派議員なのだろうと思います。一言で表せないのは苦しいけど」

私「ずーっと考えていかないといけないし、楽にはならないだろうなと思います。世の中は常に変わっていくのだから、「これ」と決めてしまうと楽かもしれないけど、またそこからこぼれ落ちていくことがあると思う。考えが凝り固まらないように、『当たり前』をはがしては張り付き、張り付いてははがしていくのを繰り返していく感じかなと、想像します。」

という「市民派議員とは」についての意見を出し合うことができました。
実際に意見を上げたのは三人ほどですが、30人ほどのクループなので皆さんの中で色んな思いが膨らんだことと思います。

たまたま、同じく他市で市議を目指しているお仲間から、FBのコメントで
暮らしと政治はつながっている!日々の活動と並行してこそ、市民派候補!!
といただきました。
そう、暮らしとかけ離れたところに政治があるのがおかしい。
自分たちで住むところを作っていこう。

by 市民派議員予定候補者 田中あきよ166.png












# by akiyo-tanaka2018 | 2019-02-03 02:38 | わたくしごと | Comments(0)

街宣デビュー🎤

快晴の1月14日(月祝)
成人の日

やっと、とうとう、なんとか、
街宣デビューしましたー🎤🎤

阪急西宮北口のバス停ロータリーにて。
成人式の会場へ向かう為、若者たちが臨時バスを待っていました。
ニュースレターを配り、マイクで「生きづらさゼロの西宮に」の決意や気持ちをお伝えしました🎤🎤🎤

30分くらい喋ったのかな?
ドキドキしたけど、いやー必死‼︎

若者の皆さんにどれだけ伝わったかなー。

どうしたら、聞いてもらえるんだろう。
どう表現すれば気に留めてもらえるんだろう。

沢山の課題はあるけど、どんどんと伝えて行くのみ‼️
と、腹をくくろう。

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# by akiyo-tanaka2018 | 2019-01-14 20:59 | 報告 | Comments(0)

しんどい人に優しい街は、誰にとっても生きやすい街。一人一人に居場所がある社会をデザインします


by 田中あきよ